アラフィフ父ちゃん日記

現在幼児2人の父です。中年パパの肉体的、精神的な苦労などを綴っていければと思います。

こどもちゃれんじの「カタカナカードゲーム」がおもろい

今入院している長男が産まれてまもなく、こどもちゃれんじを始めた。

 

40過ぎてからできた子供だ。多少出費はあっても、できることは全部やろうという気持ちで(まあすぐにそんな気持ちはなくなるのだが)、始めた一つだ。

 

そして数年。結果どうかというと、対して遊びもしないのに、ものばかりが増えたなあという感じだ。

 

まあ、これはあくまで私自身の印象。息子や妻はそうでも無いようだ。

さらに二男が最近は遊んでいることもあって決して無駄ではなかったと言えるかな。

 

 

そんな「こどもちゃれんじ」だが、最近入ってきた「カタカナカードゲーム」に長男が大ハマりなのである。

カタカナカードゲーム



 

入院中の長男と、ベッドの上でひたすら勝負するのである。

 

 

このカードゲーム、簡単にいうと「UNO」みたいな感じだ。

 

手札から色が同じカードか、キャラクター名が同じカードを出すことができる。手持ちのカードがなくなれば終わり、というルールだ。

 

オリジナルルールとしては、カードを出すときにキャラクター名を言うというルールがある。

このカードにはカタカナ名のいくつかのキャラクターがいるのだが、ネーミングが秀逸で、口に出して言いたくなるのだ。

 

何回かしかやっているのを聞いていない2歳の二男が、「ガチャネオ!」「アカタン!」とか突然叫ぶのだから間違いない。

 

そんなこんなで、長男のカタカナの理解がかなり進んだのである。

 

さすがベネッセ、さすがちゃれんじ、である。

 

 

 

思えば自分も中学生の時、当時福武書店時代の「進研ゼミ」をやったっけ。

全くやらず、今の長男より無駄にしていた。

血は争えないが、それを考えれば、長男の方がよっぽど優秀だ。

 

そんなわけで今日もひたすら、「カタカナカードゲーム」の勝負をするのである。

長引く入院…苛立ち、焦り、不安

長男の病状の回復が思うようにならない。

 

小児ネフローゼ症候群で入院中の我が息子。再発を繰り返し、行う治療が徐々に強くなっていくにも関わらず全く見通しの立たない状況だ。

 

 

うまくいかない時はみんなイライラする。

 

妻はSNSで同じ病気の子を持つフォロワー達にアドバイスをもらっているが、自分の息子に対する治療の仕方がフォロワーが薦める方法と違う部分があり、不安と苛立ちを隠せない。

 

1日ごとに治療の方針が変わる病院の対応に不信感を持っているのは、妻も私も義母も同じだ。

 

だが、私たちは素人。自分も教員として教育現場で働いていて、例えば保護者に指導方針についてクレームを言われれば腹が立つだろう。そういう意味で任せなければならないととは思っている。

 

しかし今は情報がどこからでも入る時代だ。気になることは調べればいくらでも出てくる。ところが、調べれば調べるほど不安になる。決める権利は自分達には無いのだ。

 

 

妻は部分休業というものを取り、短時間勤務で働くことになった。その分給料は減る。この後別の街の大学病院に転院になれば、長期で休暇を取る必要が出てくる。そのための対策だ。

 

長引けば私も休暇を長期で取る必要も出てくるだろう。

 

 

結局、私達が自分で決めることができるのは、環境だけだ。どんな街に住むか、どんな学校に入れるか、どんな仕事をするか、どんな病院を選ぶか…

 

まあ、本意だろうが不本意だろうが、今の環境を選んだのは自分達に他ならない。

 

だからその環境の中でやるしかないのだ。

しかし、情報は環境を飛び越えて無制限に得ることができる。

そのギャップと戦いながら日々過ごしているというのが今の私達なのだろう。

 

もし、本当に覚悟ができれば、そのギャップを埋めるために動き出すのかもしれない。

 

 

最強寒波の到来らしい

10年に一度の最強寒波らしい。

 

 

最近よく「10年に一度の~」という言葉を耳にするが、「10年に一度が何回来るんだよ」と突っ込みたくなる人も多いだろう。

 

都会の方でも雪が降るとか降らないとかで、情報番組は騒いでいる。

 

 

今現在2歳の二男と二人暮らし状態の私は、二男が寝ている間に雪かきをしなければならない。今朝は雪がたくさん積もっているだろうと思い、3時に起きてやろうとしたら、そんなに積もっていなかった。

 

これはよくある話だ。今回は自分の雪に関してよくある話を少し紹介していこうと思う。

 

 

 

さきほどの話の続き。3時4時に起き、一度外を見て「今日は降ってない、安心だ」と思う。その後、朝の準備をして仕事に向かおうと7時ごろ外に出ると、積もった雪にびっくり、なんてことがよくある。

 

わずかの時間でもどっさり雪は積もる。

そんな時は慌てて車の雪だけ落として出発するのだ。

 

 

 

雪がたくさん降る街に住んでいる私だが、雪というのは少し場所が違うだけで降り方がぜんぜん違う。

 

例えば同じ市でも、川沿いの住宅地は2センチしか積らなかったのに、少し丘の上の家だと10センチ以上積もってしまうとかがざらにあるのだ。

 

ということもあり、朝の職場では、「今日うちはこのぐらい積もってたのに、こっち来たらぜんぜん積もってなかったねえ」という話をする人が必ず1人はいる。

 

 

 

雪かきは面倒だ。こんな不毛なことに時間をかけるのは本当に無駄だ、と思う。

 

しかし、始めると適当には済まない。やり始めるとそれなりに綺麗にしないと気が済まなくなるのだ。雪を綺麗に片付けた後はなかなか気持ちがいいのだ。

 

県外出身の方が隣に住んでいたりすると、地元出身のプライドが顔を出す。雪片づけというのはこうやってやるんです、という見本を示したくなるのだ。

 

 

 

リモコンエンジンスターターというものがある。車のエンジンを遠くから掛けるものだ。

 

雪国の人の暮らしには欠かせないものになっている。エンジンをかけてしばらくしないと、フロントガラスの雪が溶けず出発できないからだ。エンジンスターターをかけて車が暖まってから出ると、雪おろしも楽にでき、車の中も暖かい。

 

そのエンジンスターターがたまに掛かっていないことがある。その時は絶望しかない。これが年に1回か2回ある。

 

 

 

まだたくさんあるが今回はこのぐらいで。

転職についてじっくり考えてみる

長男の病気について、退院の目処のたたない日が続く。

 

入院して3ヶ月が経った。さまざまな治療法を試し、経過が良く期待したこともあったが、長続きせずに再発というパターンになりつつある。

 

 

妻はSNSで同じ病気の子を持つ母親のアドバイスをたくさん受けているが、治療がうまく行った例とは違う薬の処方のされ方をしている現在の病院に不信感を抱いている。

 

 

この状態が続くのであれば、次の手を考えなければならない。

 

 

どんなことが考えられるか、自分で整理してみる。

 

 

息子の病気について、違う病院の考えを聞く必要があるかもしれない。

 

違う病院といっても、ここは人口5万人規模の地方の小さな街だ。違う病院となれば、自分の県で言えば、ネフローゼ症候群に一番実績のある大学病院か、私の実家のある街にある県で最も大きな病院くらいしか選択肢がない。

 

他県に目を移す。ネットで調べると実績のある病院は都市部に集中している。妻は自分が専門学校時代を過ごした愛知県に良い病院があるのでそこはどうだろうと勧めてきた。他県への転居も選択肢に入れて考えてみる。

 

 

今住んでいるこの街を離れることについて、自分はどう思っているのか。

 

これについては、現状の状態であれば何も後ろ髪を引かれる思いはない。

 

私はこの街が好きだ。それはなぜかというと、自分が自分らしくいられる良い飲み仲間がいるからだ。そして、自分を認めてくれるたくさんの同僚がいるからだ。

 

しかし、今は自宅、病院、職場の往復だけの生活。

 

夜出歩けなくなり、飲み友達には当然会えない。体や時間が空いたとしても、感染対策の意味でもできないのはわかっている。

職場では、今は時間内に自分自身の仕事を終えるために必死で、同僚と雑談をする余裕はあまりない。自分の立場が変わったことでできた同僚との距離を、埋める時間も場も無い状態だ。

 

今現在は自分を支えているものは家族しかない。となれば、この街にいる意味は無いのだ。

 

 

では、転院を前提に考えてみよう。

 

 

転院を考えた時に、まず考える必要があるのは私たち夫婦の働き方だ。

 

私たち夫婦は公務員だ。病院を変えるとなれば(まあ変えなくてもこの状態が続くのであれば)、どちらかは退職を考えなければならない。その時どちらが辞めるか。

 

 

私は自分が辞めるべきだと思っている。自分はアラフィフだ。歳はいったが、その分勤続年数は長いので、退職金は少しはあてにできる。今後の自分の人生を考えた時に、新しいことを始めるなら、逆に今しかないかもしれない。

 

私は教員だ。最近は人気がない職種であるから、他県での採用も60歳までといったような県が多いらしい。まあ、受けてもいいが…。

 

最近読んだ本に書いてあった。50歳から花開く人は「遊ぶように働く人」なんだそうだ。小さな子を持つ私のような人間には当てはまらないかもしれないが、「定年まで我慢して働こう」という意識を持たなくても良い仕事ができればとは思っている。

 

 

妻はまだ自分より大分若い。今後いろいろな福利厚生を受ける意味でも、また何らかの機会に融資を受ける場面でも、公務員としていれば有利であることに違いないだろう。

 

ただ、勤務先を簡単に変えられないのは間違いない。妻は県内の異動であれば希望を出すことは可能だろう。他県となれば新たに採用を目指すことになるが、年齢制限等もあって難しいかもしれない。

 

とはいえ、まだまだ若いし、柔軟な考えを持っている。例え公務員ではなく他県で仕事を探すことになっても、何とかなるだろう。

 

 

 

さて、自分が一番不安に思っていることは何か。

 

それは、自分自身の居場所が家族に限定されるということだ。それ以外に頼れるものが無くなってしまうという事に対する不安である。

 

友達関係は良好だし、今の仕事についても割と自信がある。一番自信がないのは家族からの信頼だ。つまり自信があるものを捨て、自信がないものを残すということになる。

 

最近は良かれと思ってやることがことごとく裏目に出る。その結果、家族、特に妻に信頼されていないなあと思うことが多すぎるのだ。

 

妻が私を信じてくれるなら、私は自信を持って踏み出すことができる。

謝ってばかりの日常

なんだか、最近は謝ってばかりだ。

 

 

もともと私は自分中心に物事を考えるところがあり、謝ることは好きでは無い。というより、できれば謝りたくないし、相手や状況が悪いからだ、謝る必要ないじゃないかと思考するところがあったぐらいだ。

 

 

そんな私も、近頃は変わってきている。

 

仕事でもプライベートでも、謝ることに抵抗を感じなくなってきたのだ。

 

まあ、本当は少し抵抗を感じてはいるのだが、うまくバランスが取れるようになったといえばよいか。

 

 

 

まずは仕事面。

 

自分の今の立場は同僚の指導をしつつ、運営全体を任される立場だ。ミスは少なくするように心がけてはいるが、それでもたまにはミスをする。

 

そんな時は一人一人回って、思いっきり謝罪している。「ごめんなさい!」とはっきり言っている。

 

その方がスッキリすることに気がついたのだ。一番良いのは相手に指摘される前に謝れればベストだ。

 

 

今の自分は立場上は上にはあるが、同僚に私の考えを理解してもらい、動いてもらってナンボだ。同僚の協力が無ければ私の仕事は成り立たない。

 

年上でも年下でも、仕事上の話であれば関係なく頭を下げるようにしている。

 

 

逆に、仕事を離れた話をする時は、私は年上や年下をあまり考えずに会話しているかもしれない。

 

自惚れかもしれないが、何となくそれで職場の同僚との関係は良好に築けていると思う。

 

 

 

次は家庭での話。

 

これも謝ってばかり。この謝ってばかりは、先程の仕事面のような戦略的な要素は全く無い。

 

本当にごめんなさいと、心がズキンと痛んだり、ズーンと悲しくなったりするのだ。

 

 

私は自分中心にものを考えるところがあると最初に言ったが、それを妻は思い切り否定する。そして確かに的を射ていることがあるのだ。そんな時は本当に惨めで悲しくなる。

 

加えて、自分に自信が無くなってきているところもある。

 

きちんと記憶してなかったり、自分の考えを否定されたりして、頼りにされてない、当てにされていない、信頼されていないと感じる時があるのだ。

 

自分の感覚が違うと否定されることが多いので、自己肯定感が下がっている。

 

最近「ありがとう」と妻に言われたことはあったかな…

 

まあ、別々に暮らしているようなものなので、無くても当たり前か。

 

基本的に連絡事項のやり取りが多くなってしまい、それをうまく遂行できなくて謝るというパターンに陥っている。

 

自分も含めて、今の家族の現状もあり、心に余裕が無い状況だ。

 

LINEだとしても、連絡事項ではなく、なんでもない話題でやり取りしてみようかな。

 

この考えも否定されそうだが(笑)。

タイパの悪い朝3時の雪かき

毎日3時前後に起きている。

 

 

理由は2つ。

トイレに行きたいということ。

外が気になるということだ。

 

夜中にトイレに行きたくなるのはいつものことだ。

 

普段からお酒を飲む方ならわかると思うが、飲酒をしていて一回トイレに行くと、あまり間を置かずに続けてトイレに行きたくなることがあるのではないだろうか。自宅にいるときは必ず晩酌をする私であるが、二男と共に2人暮らしとなると、一旦一緒に寝る形となる。

 

そうなると大体トイレは二男と布団に入る前の1回だけ。今は冬で布団からなかなか出れずに私も子供と一緒に寝てしまうことが多い。なので夜中にトイレに行きたくて起きてしまうというわけだ。

 

 

それからもう一つは雪だ。

 

私の住んでいる地域は豪雪地帯だ。幸いというか何というか、珍しく最近まであまり積雪は多くなかったのだが、ここ数日は寒気が入り雪が結構積もる。

 

雪かきが必要となるのだが、二男が寝ている間の方が心配なく雪かきができる。起きている状態だと家の中で何をやっているかが気になるからだ。

 

外の様子は窓から見ても真っ暗でよくわからないため、とりあえず起きたら一旦外に出る。

 

強烈な寒さが体を硬直させる。

車に積もった雪を見て、それほどでもなければほっとする。積もっていればため息をつきながら身支度だ。しっかり着込んで30分以上かけて雪かきをする。積もった雪によっては1時間かかる時もある。終われば結構気持ちの良いものではあるんだが。

 

時々、3時に見たときは大丈夫と思ってそのままにしておいたら、出勤する7時前後に玄関に出ると、「えっ」と思うくらい積もっている時がある。雪というのはなかなか侮れないのだ。短時間でも降るときはびっくりするくらい積もるのだ。

 

 

 

そうしてできた少しの時間。

この二男が起きてくるまでの間に、こうしてブログを書いたり、洗濯物を畳んだりしている。

 

 

嵩む燃料代、何とか捻出する雪かきの時間。流行語にもなったが、「タイパ」「コスパ」が悪い季節だ。

ja.wikipedia.org

 

しかしこの冬を乗り越えれば春がくる。

長男のことも含め、色んな意味で、私たち家族にも春が来るのを待っている。

それまで、やることをしっかりやって、着々と前に進んでいこう。

 

どこで覚えたダチョウ倶楽部

2022年も多くの有名人の方が亡くなった。

 

 

亡くなったことが残念だった方はたくさんいたが、個人的にショックが大きかったのは、

3人。

 

 

1人は安倍晋三元首相。

 

衝撃的な事件であった。自分が生きてきた中では最も政治家らしい政治家だったように思う。揚げ足取りの大好きな日本という国の中で、言いたい事を言って何が悪い、という筋が通った感じが、良くも悪くも政治家らしかった。

 

 

2人目はアントニオ猪木氏。

 

私はプロレスが好きだ。自分の世代(40代)のプロレス好きはわかると思うが、まあ、猪木か馬場かの論争や、様々なプロレス界の事件などについて語るのが好きだった。自分は馬場派でどちらかというと全日本好きだったが、新日本のドーム興行には何度も足を運んだ。地元の興行にも毎回出かけた。私の青春だった。

 

 

そして3人目。上島竜兵氏。

 

ダチョウ倶楽部はずっと好きだった。一つのことをやり続けるブレない姿勢。見れば単純に必ず笑っていた。上島氏が自ら面白くしていたのもあるし、周りが竜ちゃんを面白くさせていたのもあるだろう。それは上島竜兵という人の、隙の作り方のうまさではないかと思う。でも、幾多の葛藤があったのだろう。本当にショックだった。

 

隙のない人は面白くないし、先輩なら苦手だ。

自分も適度な隙を作って人と接したいといつも思っている。

意識したことはなかったが、上島竜兵氏を好きだった理由が改めてわかった気がする。

 

 

そんな2022年が終わり、もう今は2023年になって15日ほどになる。

 

 

なぜ今になってこんな話題を持ち出したかというと、ちょっと驚くことがあったからだ。

 

 

長男の付き添いで病院にいる時に、妻からLINEで二男のこんな動画が送られてきたのだ。

 

 

なぜ?ダチョウ倶楽部を知っているのだ?

それより、なんだ?ダダーーンって?

俺はダチョウ倶楽部のネタで知らないものがあったのか?

 

頭がパニック状態になった。そして笑った。

 

 

保育園で覚えてきたらしいが、「ダダーーン」は謎のままだ。

 

 

子供って時折予想外なことをする。それがやはり面白い。

ダチョウ倶楽部上島竜兵。やはりすごい人だった。